子供と英語絵本のある暮らし

英語絵本がいっぱいの子供英語教室 Kashiwagi English Roomから~

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離陸 

 

結構早くから、補助輪付の自転車を暴走族のように(顔つきもスピードも)走らせていたので、パピーは自転車に乗れるようになるのも早いかな、と期待していました。
いつも行く近所の公園で、パピーより数ヶ月年下のお友達(4歳になっていなかったのです)が補助輪なしで乗っているのを見て、びっくりしていたら
「きっと、パピーくんもすぐ乗れるわよ」
とそのお母さんがニコニコして、言いました。

私も夫もすっかりその気になりました。
パピー4歳2ヶ月の頃。
よし!この夏に!
休みの日、夫が補助輪をはずし公園に連れて行って練習をさせました。
でも、自転車が進む気配はありません。
すぐに「やだよ。補助輪つけて」と言いました。

ある日、同級生のお友達が目の前をびゅーんと、自転車で通り過ぎて行きました。
「うわあ。Yくんも乗れるようになったんだー!ほら、見てご覧よ、パピー。
すごいねっ!かっこいいねっ!パピーもさっ、Yくんみたいにさっ!」
盛り上げたその瞬間―

パピーの目の前でYくんがずるるるるっと派手に転び、腕に大きな擦り傷を作ってしまいました。
Yくん、この世の終わりかのように泣き叫びました。

「補助輪とったら、危ない…。いかんいかん…。」
と、その日からパピーは言うようになりました。
そこで、暑かったけれど長袖と長ズボンをはかせ、ヘルメットも買いました。
「これなら、転んでも大丈夫だよ」
と私。
でも慎重派の夫は
「いや、あれでも怪我するよ。膝当てとかひじ当て、買ったほうがいいんじゃない。
恐怖心があると練習できないよ。」
まったく、2人とも甘ちゃんなんだから!
何度も転びながら、怪我をしながら、自転車に乗れるようになるんじゃないのっ!
男でしょーーーーーーーーっ!

スパルタな私は、有無を言わさず補助輪をはずし、
「お友達と一緒に公園で自転車に乗って遊びたかったら、それを練習しなさい」
と意地悪く言いました。
ツレとパラリラパラリラやりたかったパピーは半べそをかきました。

その後時々思い出したかのように、公園へ連れ出しては無理やり練習をさせましたが、補助輪をつけたりはずしたりするのもの面倒なので、いつしか練習はさっぱりやめてしまいました。
補助輪付の暴走族は、1年くらいそのままでした。

5歳になってまもなくの、ある日。
Yuくんのおうちに遊びに行っていたので、迎えに行きました。
車どおりの少ないYuくんちの前で、小さい子がコザルみたいにくるくるくるくると小さい自転車を乗り回していました。
「Yuくんも乗れるようになったのねえ…」
とため息をつくと、よく見たらそれはYuくんの自転車を借りたパピーでした。

Yuくんのお兄ちゃんによると、
「パピーくん、ちょんと跨って、そのまますーっと走り出したよ。」
「え?練習したの?」
「してない。だから、乗ったら、そのまま走り出したんだって。練習なんかしてないよ」

つまり、パピーは一度も転ぶことなく、ある日突然普通に走り出したというわけなのです。
ひじ当て膝当てヘルメット。
親が2人がかりでなんだかんだ用意周到にやっていた日々はナンだったのでしょう?

それで、突然ですが英語の話です。

SSS式の英語学習法はこうです。
とにかく易しい本をどんどんどんどん大量に読むこと。
挿絵ばかりの絵本で構わない。
文字の読めない子には、とにかく読んで聞かせてあげる。
そうすると、ある日ほとんど挿絵のない、ちゃんとしたストーリーのものをひとりでに読み出す―。
それを、酒井先生は「離陸」と呼びました。
やるべきことは、絵や音声(読み聞かせの声)を頼りにとにかく、ページを開き続けることだけ。
その他の、単語の意味を教えたり、辞書で調べさせたり、覚えこませたり、はたまたフォニックスなるルールを教え込んだり。
そんなことを親や先生が必死でやったってやらなくったって、本さえ開き続けていれば必ず「離陸」する日はやってくる。
つまり、補助輪のはずれる日、です。
いえ、むしろ親・先生が必死になればなるほど、子どもはそれから遠ざかろうとしてしまう…。

パピーの自転車を見ていて、自分は愚かだったなあと思いました。
私があんなに必死にならなければ、パピーはもっと早くに自転車に乗れていたかもしれません。
英語で同じ轍を踏まないようにしなくては。
英語に限らないですよね。他のお勉強でも習い事でも、通ずるところはあると思います。
離陸の日は、いつかはわからないけれど、必ず来るはずです。

ところで、この日なぜパピーは自転車に乗ってみようと思い立ったか。
それは、前日のレッスンでORTの"Look at Me"(自転車でいろんな曲芸を得意げに見せる男の子、チップのお話)を読んだからです。
ORTは、子供達が自分と登場人物を重ねあわせる、とよく言われるけれど、このチップのお話にのめりこんでいるうちに、その気になってしまったようです。
思わぬ副産物。

それにしても、「自転車」「離陸」…映画「E.T.」を思い出します。
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クリエイティブドラマティクスのこと 

 

英語講師としては紆余曲折あったけど、「英語の絵本をいっぱい読むところ」として落ち着いた私のお教室。
やっと英語絵本という道を見つけた今の私は、他のなんとかメソッドや細かなアクティビティ、ゲームなど小手先の指導法に揺らぐことがほとんどありません。
(昔は、なんだかんだよく飛びついていたものだ~。)

それでもマーブルス小口真澄先生の「クリエイティブドラマティクス」に頭を突っ込んでしまったのは、
―英語=言葉には意味がある。命がある。生きている―
そこに、絵本の中で出会う英語との共通点を見たからです。

ライオンキングのとき、事前学習で渡されたのは、ごくごくシンプルなシナリオでした。
それがあの一日で。
真澄先生が役者に問いかけ、役者が考え、先生が引き出し、役者はまた考え、そして、皆のエネルギーが言葉に、みるみる命を吹き込んだ。
刻々と、言葉が息づいていく!
―それを体感しました。
死んだ言葉を詰め込むことに嫌気が差している私にとって、衝撃的でした。

それでも最初は、私のお教室にすぐにドラマを取り入れることは無理があると思いました。
絵本を開くつもりで来ている子供達を、スムーズに動かすことが出来るだろうか?無理強いだけは避けたい。
何より、人から言葉を引き出す、なんて技量が今の私にはない。

また、参加していた先生方(その日は「生徒」でしたけど)は皆、自分の思いを自由に表現できる高い英語力をお持ちでした。(先生だから当たり前でしょ、と思わないで下さいね。それが難しい「英語のセンセイ」はガッコウにもエイゴキョウシツにもたーくさんいるんですよ!)
私自身も、自分の中の英語の甕をぐわぁーっと探りながら、言葉を一生懸命捜しました。
私の子供達の英語の甕は、今どのくらい満ちているのか。
まだ溢れるほどの時期ではないかもしれない…。

ただ、ささやかなごっこ遊びなら、今日にでも始められるのではないだろうか?
―そんなことを考え始めました。

先日レッスンで、子供達と一緒にあの有名な絵本
Yo! Yes? (Caldecott Honor Book)
(by Chris Raschka)
の真似をしました。登場人物は2人。どっちかになってね、と。
左ページの男の子が、”Yo!”と元気に声をかけるけど、右ページのしょげた男の子が”Yes…?”と答える。
あとは、Hey! だの、You?だの、Look!だのそんな感嘆詞に似た言葉の掛け合いばかりですが、二人の心が動いていくのを、子どもなりに感じ取って、一生懸命言ってくれたのです!
友達がいなくて寂しい気持ち、友達を見つけてYow!とジャンプしちゃう気持ち。それらを、きちんと短い言葉に込めていました。

ORTのキッパーやチップやビフになるきるのなんて、子供達にとって、もっと簡単でした。
(犬のフロッピーにでもなれちゃう!)
“Look at me, Mum!”
と、得意げになってみたり、
“Oh, come on! Kipper”
と困った顔をしてみたり、
“Go away, Floppy”
と冷たく言ってみたり。
とにかく生き生きしていました。恥ずかしそうな子もいたけれど、皆ステキな笑顔でした。

家に帰ってから、再現していた子がいたそうです。
お母さんは「?????」だったそうですが。
それを聞いたとき、ああ「言葉」が子供の中に染み入っていったんだ、と嬉しく思いました。

そう。
焦らず、クリエイティブドラマティクスを勉強しつつ、子どもにそのエネルギーを伝えていこう、と思います。

というわけで(?)私、この夏、二度目の英語de Dramaに挑戦してきます!
場所は新宿、お題は「The Wiz-オズの魔法使い-」!
今度は事前に筋トレして、臨まなくっちゃ。
♪ Come on ! Ease on down, ease on down the road~
そして気分はすっかり、欽ちゃんの仮装大賞。
(? 違うって!でもあのテーマ曲は、The Wizのものなのですよ!)。

さあ、行くぞ~!
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インプット、アウトプット 

 

私も以前は使っていました。
子どもの英語のインプット、アウトプット、という言葉。
今は、使わないようにしています。
だって、子どもの頭はデータベースではないのですから。
データベースに残したデータは消えない。確実に残る。でも勝手に膨らんだりもしない。
トラブルがあったら一瞬のうちに、消えてしまう。
こどもの吸収の仕方とは全然違うと思います。

電通大の酒井邦秀先生が使われた「言葉を注ぐ」「満たしてあげる」という表現が好きです。
毎日、いとおしむように花に水をやる。
そんな気持ちで、子どもに英語という言葉の水を注いであげるのです。

まあ、言葉のあやなのかもしれないけれど、「インプットする」を「優しく注ぐ」に換えると、こちらの気持ちが随分変わります。
「注ぐ」のにふさわしいものを見極める目も育ちます。
子どもが勝手に飛びついていくキャラクターものや、ほおっておけば勝手に見てくれる映像教材には興味がなくなります。
豊かな言葉を擁した絵本、心癒してくれる美術に溢れた絵本、子どもを笑顔にさせたり、ワクワクさせたりする絵本―そういうのを選ぼうとします。
絵本を選ぶ過程で、子どものことがわかってくる―そういう大きなオマケもあるのです。

私のお教室では、「好きなものを好きなとき好きなだけ絵本を買って下さい。」とお願いしています。
それをすることで、英語と子どもさんの関わりをとても良く見てくださっている、といつも感謝しています。

さて、ここ数日、パピーはCorduroy (Picture Puffins)
(邦題・「くまのコールテン」)がお気に入りです。絵本の古典ですね。登場人物がコートを着ているので、ちょっと時期ハズレですが。
ぱっと見、古臭いイラストなのだけど、この本は、本当にドラマだなと思います。ページごとにどんどん展開して、盛り上がっていきます。
デパートのおもちゃ売り場に、なかなか売れないで残っているクマのぬいぐるみCorduroy。ボタンも取れちゃっていつの間にか古ぼけてしまいました。
ある日、小さな女の子がCorduroyのbright eyesに魅せられます。それでも買わずに帰ってしまう。
それからCorduroyがデパートのエスカレーターに勝手に乗っていったり、家具売り場のベッドにもぐりこんでいると、警備員さんにはみ出した耳が見つかってしまったり―そんな場面で、パピーの目がどんどん輝いてきます。
家具売り場に来ちゃったCorduroyは must be a palace!と思いますが、パピーは「Restaurant!」と言って譲りません。
私「レストランに、こんなにたくさんのベッドがあるぅ?(ずらーーーっと並んでいます)」
パ「でもテーブルとかランプがこんなにいっぱいあるよ。お花も飾ってある。」
私「レストランにソファはないよ。キャバクラじゃないんだから。」
パ「きゃらくらってなに」
私「お酒しかでてこないレストラン。」

そんなたわいもない(?)会話が生まれる、絵本読みの時間です。
でも、普通にCorduroyの英文を理解しているパピー。
ネイティブばりの発音で自己紹介したりはしないけれど、それなりに英語の言葉は積もってきているのだろうと、私は思っているのです。

そしていつか溢れ出します。
子どもが英語で自分の思いを表現しようとする、それを、私は「アウトプット」とは呼びたくない。
なかなか溢れ出さなかったら「うちの子の甕はよほど大きいんだなあ」とよろこべばいい。
(ただ。パピーの甕の底に大きな穴が開いている・・・?と感じることはある。
が、それはおいといて)

私も、パピーにとっては理不尽な理由で叱りつけたり、ぎゃんぎゃんどなったりする、決して褒められた母親ではありません。
いつもいつも包み込むようなあったかい母親なんてやってらんない!
でもこの時間だけは「世界一やさしーいパピーだけのママ」になれる。
だから、私にとってとても大切な時間。
それを「インプット」とは呼べないのです。
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パピーの詩 

 

たまたま私の真後ろにいたパピー、急に
「ママのおしりって大きいねえ・・・・」
と感心し始めた。
そんなことは今に始まったことではない。
自分で知ってます!

そして、小さな声で何やら唱え始めました。

♪ ママのおしりはどーんどん
♪ 大きなお山がどーんどん
♪ どーんどーん 落ちてくる

【評】
重力と闘い、ついに負けてしまったお母さんのお尻を、上手に表現していますね。
よく出来ました。(by 母)

感心している場合ではありません。
明日からまた、ヨガとピラティス(ずっと「ティラピス」だと思っていました。「ティラミス」と混同するようでは、先が思いやられます)、頑張ろう。
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男の子はどれ? 

 

英語育児に興味のあるお母さんなら誰でもご存知の、あの、教材のお話をしようと思います。
バイリンガルにしたい!と思い、その方法を調べれば誰だって行き着く、あの、トータル60万円ほどの教材です。敢えて名前は書きませんので、ご了承ください。

実は私、持っています。
セールスの方にも何度か来てもらったことがあります。
サンプルビデオや、それが紹介されたテレビ番組の録画ビデオなど、いろいろ見ました。
だから
「うちの子もこんなにぺらぺらになれば!」
と思われる気持ち、すごくよく分かります。
値段が値段だけれど、それに値するものだと信じる気持ちも。

そして実際にその額を投じられた親御さんには、「本気で取組もうと考えていらっしゃるのだ」と頭が下がります。
私は、思うところあって買いませんでした。ただ中身だけに興味があったので、中古で買ってみました。
10分の1ぐらいの値段だったかな。

DVDや歌。
中身をみると、どれも日本語を交えなくても子どもが理解でき、楽しめる、良質なものだと思いました。
ただ我が家にはテレビをつける習慣がないので、パピーには使えませんでした。
(実はパピー、テレビにチャンネルがあることすら知りません。めったに見ないのです)
そしてガイドに沿って進めていく「レッスン」にはどれほどの力があるのかと言うと―。

例えば、こんなワークブックがあります。
女の子が男の子と手をつないで、道を歩いている挿絵があり、ページにあったCDを流します。
“Point to the boy. “ チン♪
(チン♪でCDを一旦停止する。子どもはその動作を求められる)

パピー、怪訝な顔をする。
誰が見たって、「男の子」はスカートを穿いているこっちじゃないよ。そんな趣味がない限り。
それを指差せ、と言われるのが不思議な気持ちがするようです。

“Color the girl’s shoes blue.”チン♪

パピーは「青じゃかわいくない。」とつぶやき、色鉛筆をとっかえひっかえし、靴を虹色に塗ってしまいました。
満足。

こんな調子ですから、この教材の「レッスン」なるものに、あっという間に飽きてしまいました。
ただ、CDの言っていることを理解しているのは、傍目から見ていて分かりました。

決して、「青に塗りなさい」と言われて、ちゃんと青に塗る子がいけないと言っているのではありません。
(言うとおりにしなさい!と、パピーは常々怒られています。)
ただこの場合は、男の子を指差すことに何の意味も見出せない。靴が青じゃなきゃいけない理由もないと思ったのでしょう。

以前ブログに書いた「絵本はごはん」ママのお嬢さんが小さかった頃の、こんな話を聞きました。
そのセットをお持ちではありませんが、その教材セットに含まれる、リピート教材を触る機会がありました。
カードを通すとマシンが
“What’s behind the wall?”
と喋ります。前に座った子どもはその通りにリピートすることを求められているのですが、彼女はwall?とちょっと考えて、マシンの裏側を覗いた。
「・・・・」
何もない。
もう一度カードを通すと、マシンが繰り返す。
“What’s behind the wall?”
彼女、思わず首を振り、
“I don’t know!”

あなたがお母さんだったら、ここで、
「違うわ。マシンの真似をして、おんなじこと言うのよ」
と教えますか?

パピーもこの女の子も、聞いた音と会話をしようとしているのです。
でも録音された機械音と、生きた会話を成立させようというのが無理な話。

―私はそこに、この教材の「限界」を感じます。
もし、この教材のみで育った子が、堪能な英語でやり取りをしていたら、それはあーいえば、こう答える、こーいえば、あー答える。という図式を、教え込まれてしまったせい。そんな気がします。

●この教材をお持ちの方へ。
存分に楽しんで欲しいです。
でも「教材様」に管理されないで。こちらが「好きなように使う」ことを忘れないで。
高いお買い物だっただけに、結果が出るか出ないか、不安になるお気持ちは痛いほど分かります。でも。
子どもの好き勝手に遊ばせて欲しい。勿論、言われたとおりにきれいに丁寧にワークを塗ったり、書いたり、ゲームしたりするのを面白いと感じる子には、どんどんやらせてあげて欲しい。
ブログなどでよく見かける、同じ教材を使っているお仲間の事細かな報告は「刺激を受けて良い」こともあるのでしょうが(でも刺激を受けるのはお母さんであって、子どもさんではないのです)、「自分の子のペースを乱す」原因にもなることを覚えていてください。

生徒さんにも、この教材をお持ちの方はいらっしゃいます。
これにすべてを委ねることもなく、これで出来ることと、これの範囲を超えていかなければいけないことの区別を、きちんとされています。
5,6歳でネイティブ並みにぺらぺら喋らせることを目標になんてしていらっしゃいません。もっと先を、ゆったりと見ている。親子できちんと教材に取組む傍ら、絵本を開くひと時を大切に思う気持ちを持っていらっしゃる。
羨ましいぐらい素敵です。

●お持ちでない方へ。
これがなければバイリンガルが育たない、というわけではありません。
心配なさらないで下さいね。

で、クリエイティブドラマティクスの話はまた延び延びに…。

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