子供と英語絵本のある暮らし

英語絵本がいっぱいの子供英語教室 Kashiwagi English Roomから~

スポンサーサイト 

 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

category: スポンサー広告

tb: --   cm: --

△top

パピーが通訳?! 

 

子供の英語のために、いろいろ頑張ってきた。
「これが我が子の英語力!」とはっきり言える、そして目に見える結果が欲しい―。

お気持ちは分かります。

愛情込めて英語を注ぎ続けていたら、いつかは…なんて、私はいつも漠然と話をしているようで、イライラされる方もいらっしゃるかもしれません。

それでは、「結果は期待せずに、本を読んであげて」といういつもの話とは矛盾しますが、今日は、パピーの今の英語力が見られた、昨夜の話をご報告します。
どうか「自慢話?」と仰らず、自然に、長く、英語絵本と関わってきたことの一つの結果だと捉えていただければ幸いです。

昨夜の本は、お馴染みFrog and ToadシリーズのFrog and Toad Togetherでした。
そこへ夫が顔を出しました。
パピーは、父が英語をまるで使えないと思っている。(本当は、Frog and Toadぐらいなら普通にわかりますよ。ね、パパ。)
そこでこの日、「ねえ、ママが英語で読むから、パパにこのお話を説明してあげて」
つまり、通訳をやらせてみたのでした。では"Cookies"というお話から。
(*註・Frogはかえるくん、Toadはがまくんと呼んでね、と最初に伝えました。)

私 : Toad baked some cookies. ”These cookies smell very good!” said Toad.
パピー(父に向かって): 「がまくんはクッキーを作りました。このクッキー、おいしそうなにおいがするなあ!とがまくんはいいました。」だって。
夫: ふーん。
・・・
私 : Frog ate one of the cookies. “These are the best cookies I have ever eaten!” said Frog.
パピー: 「かえるくんは、クッキーを一個食べました。こんなおいしいクッキーたべたことないよ!とかえるくんはいいました。」
夫 :ふーん。
(私は”the best cookies I have ever eaten”も、普通に理解しているので、ちょっとびっくり)

・・・ここで、FrogとToadはクッキーを食べ過ぎると気持ちが悪くなるから、そろそろ食べるの、やめよう、と言い始めます。でも、やめられない、とまらない。もぐもぐ。

私 : “Frog” said Toad, “let us one very last cookie, and then we will stop.”
パピー : 「かえるくん、これでほんとにっ、ほんとにっ、ほんとーーーーーっの、さいごのクッキーにしよう。それでおしまいだよ。と、がまくんは言いました。」
夫 : いつものパピーの科白じゃないか。
(確かに。おやつの追加をお願いするときの、パピーの科白です。)

私 : (…Frog,クッキーを食べながら)”we need will power.”
パピー : パパ、will powerってわかる?
夫 : わからん。
私 : じゃ、続き読むよ。”What is will power?” asked Toad.
“Will power is trying hard not to do something that you really want to do,” said Frog.
パピー :あのね、やりたくてたまらないことを、ぐぐぐってがまんする力だよ。例えば、トイザらスに行ってトミカを見て「買って」って言いたいんだけど、それをぐぐってがまんするの。
これは、私が以前説明した言葉です。
夫 :ふーん。

…結局、食べることをやめられないFrogは残りのクッキーを全部、外の鳥にあげてしまいます。
私 : He shouted in a loud voice, “HEY BIRDS. HERE ARE COOKIES!”
パピー : 「Hey, birds!(英語そのまま) クッキーだよ~ん♪」
私のHere are cookies!と同じイントネーションで 「クッキーだよ~ん」と言ったので、夫はぷっと吹き出しました。

They(birds) picked up all the cookies in their beaks and flew away.
のbeaks=嘴(くちばし)、分かっていたし、飛んで行ってしまう様も普通に日本語に直せました。
“Now we have no more cookies to eat,” said Toad sadly.
の no more cookies to eatは、高校の英文法で「不定詞の形容詞的用法」とよばれるやつです。でも自然な日本語をつけてくれました。
クッキーがなくなってしょげているToadの科白
“You may keep it all, Frog,”
は、日本語にするにはちょっと難しかったかな。
まあ、この調子で最後まで、立派に通訳を務めてくれたのでした。

「すごいなぁっ、パピー!」
と心底感心し、一瞬誉めてやろうとした夫でしたが、急に
「いやいや、たいしたことじゃない。ふつーだ、ふつー。
パピー、全然自慢することじゃないんだぞ。」
と慌てて言い直したのには、何か意図があったのでしょうか。
不自然なリアクションでしたけどね(笑)。

Frog and Toadのお話は、2年生の国語(『上』ではまだやっていません。『下』なのかな?)で、日本語で出てくると聞いています。
1年の教科書に出てきたI'll always love you, 今習っているSwimmyなども原書で読んであげています。今回のように、和訳や通訳をさせたわけではないけれど、普通に感動したり、おもしろがったりしているので、だいたい理解しているのでしょう。

つまり7歳で、小二の国語の教科書にでてくるお話が、英語で理解できるようになっていました。日本語に換えて、人に伝えることも出来ました。
翻訳をやらせ過ぎると、英語を英語のまま捉えることが疎かになりそうなので、また当分はやらせないつもりです。

ただ…彼の英語力を証明するものなんて、どこにもない、と思っていました。
それだけに昨夜のことは、彼の英語力が(他人に向けて示すものではなく、ただ親の私達だけに)よくわかる、嬉しい出来事でした。

我が子の英語力は、英検を合格させることでしかわかりませんか?
ネイティブと会話させることでしかわかりませんか?
そんなことないと思います。
それなりに英語を注いできた、と思われるのなら、子供が頭や心の中に蓄えているものを、どうぞ信じてあげてください。
そして、どうぞ長い目で見守ってあげてください。
-- 続きを読む --
スポンサーサイト

category: 息子のこと(英語編)

tb: --   cm: 3

△top

なぜ絵本を読んであげるのか? 

 

私は実を言うと、絵本の読み方に関して、きちんとカリキュラムに沿った指導を受けたことはありません。
お教室で絵本を読み始めて5年。子どもの反応や目の輝きを頼りにやってきました。
小学校での読み聞かせボランティア(こちらは日本語)は、2年目を迎えたところです。

きちんと読み聞かせのやり方を学びたいなと、思っていたところ、お隣の小学校のPTAの方が、友人を通じて
「私で良ければ、今まで学んできた読み聞かせについてのいろいろについて、お伝えしましょうか」
とお申し出くださいました。
私は「お願いしますっっっ」と飛びつきました。

学校や塾や英語教室の先生ではなく、普通のお母さんでいらっしゃるその方が開いてくださった、小さな「よみきかせ講座」。
どれほど心地よく、充実した時間だったことでしょう!
畳の上に広げられた、たくさんの絵本、絵本、絵本。我が家でお馴染みの本も多かったですが、どれも「教育的」であるというより、心をどきゅん!と射抜かれるような素敵な本ばかりでした。もうそれだけで、ワクワク♪
(良書であっても)読み聞かせに向かない絵本。
読みの「間」の必要性と、取り方。
いろんなことを教えてくださいました。
お話はすとん、すとん、すとん、と私の中に入ってきました。

一番心に残っていたお話は、これです。
なぜ読み聞かせをするか、という問の答え。

「国語力向上、情操教育のため、賢い子に育てるためではないんです。
子どもに幸せな時間を作ってあげるため、なんです。」

私は「子ども達に本を」と思いながらも、ずっと前者たち―つまり国語力向上、情操教育云々が、子どもの読書の目的だといわれることになぜか違和感を抱いていましたから、「!」。
とてもすっきりしました。

素敵な講座をありがとうございました。
この場を借りて、その方にお礼を申し上げたいと思います。

で、反対のお話をします。

パピーは、小さい頃から私と一緒に本をいっぱい読んでいるけど、
7歳の今、
国語の成績が、特別よくはありません。(算数もよくはありません。)
漢字や難しい言葉を、とてもよく知っているわけでもありません。
残念ながら先生の言うことを、ぐんぐん吸い込む子でもありません。
理解度が高いとは、お世辞にも言えません。
特別落ち着きのある子でもありません。適当にやんちゃ。普通です。
本さえあればおとなしい、という子でもありません。図書館に行ったら、本を開くより図書館前の公園で遊ぶ方が好きです。
もっと言えば。
頭の回転の速さや集中力は、ゲームをたくさんやっている子に敵わない。
新しい言葉や知識は、テレビをたくさん観ている子の方が多いでしょう。

もし、絵本をいっぱい読むことで優秀な子にしようと期待していたら、
こんな例を示してがっかりされるでしょうか? ごめんなさい。

それでも
――子どもさんに、本を読んであげて下さいますか?

それでも
読んであげて欲しい。

のです。
ゲームやテレビの時間を削ってでも。

昨日の夜は、偶々借りていた「もりのなか」を一緒に読みました。
「読んであげるなら2歳から」の但し書きがついている、本当に小さい子向けの本です。
動物達と一緒にお茶のテーブルを囲む少年を、パピーはとても羨ましがりました。
最後の場面では、動物達がふと消えてしまって森の中、パパと二人になる。
私は、ちょっぴり寂しい気がしたけれど、パピーは「また会えるかなあ」と優しい顔をしていました。
白黒の地味な挿絵なのに、パピーの中では生き生きと色鮮やかに映ったようです。
彼の瞳がそれを物語っていました。

7歳なら、もう少し文字の多い児童書を一人で読んで欲しい、と思われるでしょうか。でも「幸せな時間」を作るのが目的だったら、「文字の多い児童書を一人で」読ませる必要はありませんよね。
うちでは、寺村輝夫さんの「わかったさん」や「こまったさん」シリーズ、「かいぞくポケット」シリーズなども読みますが、やっぱり「読んで」は変わりません。
文字を追うのに疲れて、本の世界を楽しめないよりは、読んであげるほうがずっといいと思います。

「子どもに幸せな時間を作ってあげるため。」
に、子どもと一緒に本を開くのだと、あらためて思いました。
そして、本をいう友達を、彼の人生の中に持たせてあげたいと思います。

前にも私、こんな記事を書いていました。
子どもにとって本当に幸せな時間ってどんな時間か、もう一度考えてみませんか…?
息子がまだ7歳であることを忘れて完璧を求め、叱り、子どもに悲しい思いをさせては、深く反省する。
そんなことを繰り返している、情けない私からの、提案です。
-- 続きを読む --

category: こどもと絵本

tb: --   cm: 4

△top

パピーの算数のお話 

 

● その1

先日、算数のテストで、出来なかった問題がありました。
時計の問題です。

時計は7時45分を指しています。
(パピーの名誉のために言っておくと、時計は人並みに読みます。
「6時までに帰ってきなさいね」
というと、時計を見て、
「4時20分か。じゃあ、あと1時間40分遊べるね」
と答えます。)
問題は 「このとけいの1時間ごは、いつですか?」でした。

答えは白紙でした。

「なんでわからないの?どこがわからないの?」と責めてしまう私。
パピーは首を傾げるばかり。
すったもんだの問答の末、「いちじかんご」の「ご」の意味がわからなったのだということが分かりました。「ええっ? 『後』の意味、知らないの?!うそ~!」
パピーは、うわーんと泣き出しました。恐ろしい私に追及されて、辛かったのでしょう。かわいそうなことをしました。
「問題をちゃんと読んだらわかるよ!しっかり読みなさい!」
と喉まで出掛かっていましたが、ぐっと飲み込みました。
「ちゃんと読めば分かるに決まってる。わからないのは、いい加減に読んでいるから」というのは大人の思い込み。
「(1じかん)ご」…そんな小さなところで、子どもって躓くものなんだ…。
(我が子だけ?)
読書量が多い子は、文章題が得意、なんて簡単にはいきません。少なくとも7歳の時点では。

● その2


表とグラフのテスト。
1つ目の問題で、挿絵にあるたくさんの動物を、それぞれの数のグラフにします。

問題 2 「このグラフからどんなことがわかりますか?」
答えは何でも良いのですが、
模範解答は「うさぎが一ばんおおい。」とか「さるがいちばんすくない。」等、いろいろあったはずです。

パピーの答えを見て、びっくりです。

「たいしたことはわからない。」

学校で、数をグラフ化する意味を散々習ったはずです。
なんでこんな答えを!授業聞いてた?
―と喉まで出掛かって、また飲み込みました。

そっかー。
うさぎの数も、さるの数も、犬の数も、パピーは別に知りたかったわけじゃないんだ。
先生は△をくださいました。×にならなかっただけ、御の字かもしれません。

● その3

これは「どんぐり倶楽部」にあった算数の問題です。
「海にくらげが泳いでいます。毎日5匹ずつ増えていきます。
昨日は6匹でした。明日は何匹いるでしょう?」

どんぐり倶楽部は、絵を描いて問題をイメージ化しなくてはいけません。

パピーは、7色の色鉛筆を使ってくらげをゆらゆら描きました。顔の表情は宇宙人みたい。
もう数なんてどうでも良くって、パイレーツ関連の洋書絵本を時々読んでいる彼、海の底に欠かせないのは金色に輝くトレジャーボックス!色とりどりの魚を描いた後、海を色鉛筆で真っ青に塗って、かれこれ1時間半。
確かに、色はきれいです。
そして大きくこたえを書きました。

「あしたのことはわからない」

ちょっと待って、パピーさん!
これは算数!
6(昨日いたクラゲ)+5(今日増えた分)+5(明日増える分)=
って計算するのよっ!

それを友人のマサミちゃんに話したら、大笑いしながら
「だって、実際くらげなんて、正確に増えるもんじゃないからね~。
パピーくんの考えって、現実に近いんじゃないの~?」

● その4


ある日、パピーが言いました。「僕が、算数のどんぐり問題をつくってあげる!」
はい、どうぞ。
「パピーくんは、ある日パン屋さんに行きました。
トレイに、あんぱんを2つ、メロンパンを3つのせました。
さて、パピー君はあと何個パンを買うでしょう?」

知るかーっ!

一筋縄ではいかない、パピーの算数。今、小学2年生。
前途多難です。
-- 続きを読む --

category: 息子のこと(iroiro)

tb: --   cm: 0

△top

嬉しい気持ちを何語で伝える? 

 

誰にでもある、一年に一度のお誕生日。
それは嬉しいものです。

レッスン日にたまたまお誕生日だったNちゃん、私のところに来て、でもなんだか照れくさそうにモジモジしてました。
私は誕生日とは知らなかったので「どうしたの?」とニコニコしていたら、お母さんが
「今日、N子の誕生日なんです。それを先生に言うって、さっきまですごく張り切っていたのに、ここに来て照れちゃって…」
と笑っておられました。そこでまたまた照れちゃうNちゃんの、なんと可愛いこと~!

そうなんだ!良かったね~ もう6歳なんだね~!嬉しいね~!おめでとう~!
私も心底嬉しくなって、お誕生日用の特別シールをあげました。

ところでその日の幼稚園に、外国人の先生が英語のレッスンに来られたのだそうです。
N子ちゃんは、”Today is my birthday!”と英語で伝えました。
そしたら…みんな(恐らく先生達?)、英語で言うなんてすごーい!と感心したって…。
で、お母さんは困惑しておられました。そんなのたいした英語ではないのに…、と。
私は、お母さんの困惑するお気持ちが、至極まっとうだなと思いました。「うちの子、英語喋ったって皆にびっくりされたんです~」と自慢するお母さんとは違う方なのだな、と。
(誉められたら嫌な気持ちはしませんけどね。)
N子ちゃんは、その日お誕生日であることがとてもとても嬉しくって、すごくみんなに伝えたくって、
たまたま相手が外国人だったから、英語で言っただけ。
N子ちゃんが、本当に伝えたかった嬉しい気持ちを、「エーゴ喋った!」と騒ぐ先生達は受け取ってくれたのでしょうか?

私のレッスンのときに至っては、もう嬉しいやら照れくさいやら、英語も日本語もあったものじゃありません。でも、そんなのどうでもいいじゃない!今日は、Nちゃんのお誕生日なんだから!

伝えたい思いがまずありき。
伝える手段は、何語でも良いのです。英語の先生のお家だから英語を使った方がよい?そんなこと考えなくていいんだよ。相手(私)に気持ちが伝われば!

周囲は、「子どもが英語を喋った!」といちいち反応しないほうがむしろ良いのでは、と思います。

もし子どもが英語で何かを伝えてきたら、そのまますっと受け取って、反応してあげてください。日本語でも、まったく良いです。
反対に、こちらが英語で伝えたことを、子どもがすっと受け取って(日本語であれ)反応したら、そのことを「素晴らしい!」と思いながらも胸に秘めておいて下さい。
お互い、大切な思いを投げ掛け、しっかり受け止める
ただそれだけのことだと思うのです。

うーんと、私の伝えたいこと、伝わるかなあ。
(最近特に、文章に自信のない私でした…)
-- 続きを読む --

category: 英語講師として思うこと

tb: --   cm: 0

△top

日本語でライミング?―と英語のリズム 

 

最近、私と夫がよく聴CDがなぜか、コブクロ。
以前に買ったKOBUKURO ALL SINGLES BESTのCDを引っ張り出してきて、家でも車でも掛けています。
」も「宝島」も、月並みな言い方だけれど、聴いていたらとても元気になってきます。
君という名の翼
が、CDの1曲目に入っているので何度も何度も聴いているうちに、
パピーも一緒に歌い始めました。

そういえば、この歌が出たのは2006年…ちょっと振り返る。
我が子をぺらっぺらのバイリンガルにするぞ~
と何かに取り憑かれていた頃(?)だな。
邦楽が我が家のオーディオから流れることなんてなかったなあ。とにかくはインプット、インプット、と張り切っていた。
そんな私も、そういう考えがどこかおかしいことに、まもなく気付きます
・・・・

話をコブクロに戻します。
この歌、日本語の歌詞に珍しく、韻を踏んでいます。(あ、珍しくないですか?)
一緒に口ずさんでいると、その部分、心地よいのです。

♪青いしぶきに重なる 残像
♪水際に浮かべた 感情 ♪

コブクロくんたちは この2語を「ざんぞゥっ」「かんじょゥっ」と強調しています。
「残像」などという言葉も漢字も知らないパピーくんは、こう歌いました。

♪あおいしぶきにかさなる ザッソウッ♪
♪みずぎわにうかべた サンゾウッ♪
雑草… 三蔵…
ふと、天竺への旅路にある、サルやブタやカッパを思い浮かべててしまいました。

「パピー、ちょっと違うよ」

歌をよーく聴きなおしたパピー、再び歌う。

♪あおいしぶきにかさなる ナイゾウッ♪
♪みずぎわにうかべた カンゾウッ♪

私達にはこう聞こえる。

♪あおいしぶきにかさなる 内臓ッ♪
♪みずぎわにうかべた 肝臓ッ♪

内臓と肝臓を、繰り返し繰り返し
壊れたレコードみたいに、歌う歌う、鼻歌大好きパピーくん。

「ま、いいや。ほっとこう。」

どこかで恥をかいたら気付くだろう、と無責任な私達。
_____________________________

英語の詩は、韻を踏む(ライミング)のが原則です。
私はそれを、中学校で「習い」ました。
「韻を踏む」なんて日本語、そのとき初めて聞いたし、何のためにそんな無理な詩を書かなければいけないのかわかりませんでした。
リズミカルな英語なんて、学校では聞かせてくれなかったし、
私の中にそもそも、英語のリズムを感じる素地がなかったのです。

だから、言葉遊びの面白さは、やっぱり小さい頃に体験するべきなんだろうな、と思います。
CDでがんがんインプットするのではなく、ママと一緒に口ずさんでリズムをとって…それはどんな言語でも同じこと。
小さい頃から英語を、というのなら、そういう経験をたくさん積ませてあげて欲しいです。

そして「大人の私はもう遅い」「私は、英語の歌でなんて遊んであげられない」なんて仰る方が多いけれど。
中学のときに↑上のような状態だった私が、英語のライミングの心地良さを感じるようになったのは、パピーと一緒に、子供向けの英語の歌や詩を楽しむようになってから。子どもの成長に合わせてゆっくりたくさん親しんでいけば(これが出来るのが、母親の強みですよ~)、英語のリズム感って体の中に染み込んでいくんだな、って分かりました。

CTP社のLearn-to-Readシリーズは、親子で英語のリズムを楽しむことのできる、私の知っている限りでは一番楽しく、充実した素材だと思います。
(これを全て暗誦させれば子どもはぺらぺらになる、などとゆめゆめお考えになりませんように)
_____________________________

さっきの話にまた戻ります。
パピーはあれでも、ライミングの妙に気付いている?
のかも…しれない。
いや…そうとは…言えないか…。
センスがあるというか、ないというか…。落ち込み
-- 続きを読む --

category: 息子のこと(iroiro)

tb: --   cm: 0

△top

「記録の公表」って怖い 

 

お教室の子ども達には、読書記録を勧めています…いましたが、なかなか続きません。
100冊ぐらいまでは頑張ってつけます。100冊は一つの節目なので、ささやかなお祝いをします。
でも、子ども達も大分成長してきて、自分の意思ですることですから、もう無理強いはしないことにしています。

まだまだひたすら読んであげているばかりの年齢のお母さん達は、毎日コツコツ、読んだ本の記録をつけてきて下さいます。
この本、いつまでたっても飽きないのねー。とか、
いつの間にか、こんなに絵の少ない本でも聞けるようになってきたんだね。
この辺りは、旅行で忙しかったら読んでないね。
記録を見ながら、そんなことを振り返る。
この本(例えば飛行機の本、お船の本)を読んでから、(空港や、公園の池に)遊びに行って来ました。なんて記録も。
私も毎週見せていただいて
「へえ~、○○ちゃん、こんなの読む(聞く)ようになったんですね~」
「あ~!この本、私も気になってたんです。面白かったですか?」
なんて、逆に聞いたりして。
育児記録の一つとして、ずっと先にまで残して、振り返ってくれたらいいなあ、と思います。
本を読むときに膝に乗せていた、子どもの温もりも一緒に思い出してくれたら。

でも、私が疑問に思うのは…取り組みの記録と成果を「公表」すること。
勿論ネット上では本名を公開していないことがほとんどですが、それにしたって。

怖いのは、人に見せるがために、粉飾が始まる、ということ。
嘘を書く、という意味ではないですよ。
でも、読んでもらうには、インパクトがあったほうがよい、と思ってしまい…ますよね。そしたらどうしても不自然なところが、知らず知らずに生じてしまうような気がするのです。
つまり、子どもの自然な記録を、と思って始めたつもりが、ブログを書くために子どもを不自然に操作し始めてしまうような…。

例えば、
「ブログのネタになるよう、○○(子ども)には頑張ってもらわなきゃ~」
ああ…
ランキングなんかもあって、上位に来ると
「たくさんの人に読んでもらえるので、励みになります~」
なんてコメントがあります。
誰の励みに?ガンバルお母さんの?ガンバラセラレル子どもの?
ワケわかりません。
「今度英検○級に挑戦します(正確には、させます、ですが)」
などと事前に公表して、後に引けない状況を作る。
子どもにはたまったもんじゃない・・・・。

今、子供は自分がそんなネタになっていることを知らないから大丈夫って?
では、いつか分かってしまったときに、傷つかない内容のものを残していますか?
愛情いっぱいの親馬鹿ブログも、場合によっては、その了見の狭さに子どもが失望することもあるかもしれません。

それにめんどくさい。
と言ってしまえば、私はただの怠け者なのですが、その日の取り組み内容を記録し、子どもの様子を写真に撮ってアップしたり、本を読むところを録画したり録音したりしてアップ。読んだ本をチェックして、アップ。そして人のブログもチェック、チェック、チェック。自分の子との比較も忘れずに。
―どれだけの時間がかけておられるのでしょう?まさか、子どもと触れ合う時間より、パソコンや携帯に向かっている時間のほうが長くなっている…なんてこと、ないでしょうか?
筆が遅く、要領の悪い私に、毎日はとても出来ません。

そして私達は、人に文章を読まれるということの、責任の大きさをよく分かっている、モノ書きのプロではない…。そう、モノを書いて公表するには、責任が伴います。

それらを読む人にも、責任があります。
公表されたブログを参考に…ぐらいは良いのですが、鼓舞されて、研究を始める。
この人は、こんな教材をこんな風に取り組ませて、こうなった。
あの人は、こんな本を読ませて、こんなビデオを見せて、英検何級を取った。
ならうちは、この人の取り組みを参考にして…
…あんな風にならないじゃない!なぜ?!
振り回された分、損をするだけです。

そして、最後にとばっちりを受けるのも、やっぱり子ども。

食べたものとエクササイズ内容を記録をし、公表することで、ダイエットに成功!
自分をネタにし、自分をコントロールするのに「公表」する。
それはそれで素敵でしょう。
でも、子育て記録とリアルな公表には…書く側も読む側も、もう少し慎重になったほうが良いんじゃないかな、と思う、記録三日坊主の、私のイイワケ。
-- 続きを読む --

category: 英語講師として思うこと

tb: --   cm: 5

△top

「快感」って怖い 

 

6年生の男の子が言いました。
「目的もなくこんな英語やっているより、塾みたいな勉強英語がやりたい。
塾は、テストをやってもらいながら単語とかを一個ずつ覚えていくんだ。
ランク分けのテストがあるから、嫌でも頑張れるし。」

点を取ることは快感…なのでしょう。それも、分かる気がします。
その日は人体のこと(血液の循環とか、心臓や肺の動きなど―ちょっと難しそうだけど、心臓というポンプが体中の血液を入替える仕組みを、絵本を見ながら考えました。)の読み物を一緒に読んでいました。その内容そのものに「知ってる!知ってる!」などの反応をしてくれるときはいいけれど、興味のない子だったら、ふと我に帰って「なんで、中途半端な英語でこんなことをやっているんだろう。目的はなんなのだろう?」と思ったかもしれません。

子ども達には「目的もなく」と思えるでしょうが、私には、勿論このレッスンの目的ははっきりとあります。
「英語を通して、学ぶことを楽しむ」こと。

ここは、「全部出来た!100点!」の快感はありません。頑張ったことのご褒美もありません。
塾は、こういう快感を与え続けます。そうこうしているうちに、子ども達はそのスパイラルから嫌でも抜けられなくなってしまいます。
そうやって単語を一つ一つ習得していくことを、まったく否定するわけではありません。この先、それが必要なときもあるでしょう。漢字をコツコツ習得していくように。
私だって、中学に入ったら、英語の成績も良いものを取らせてあげたいと思います。

でも、それをやらなくても良いと思う。
今は、一時の快感や刺激より、じっくり考えることを教えたいのです。

英文の、全体に書いてあることが、状況判断も含め、漠然とつかめる。
それは、後になって大きな力になることは間違いないでしょう。
大学の入学試験だって、結局はあれほどの長い文を読んで内容を掴まなければならない。何より、大学や社会に入った後(!)で必要とされるのは、そういう力です。

今の中学の英語教育ではそういう力を育てるところがありません。
だから、学校英語に足を突っ込む前にやっておきたい。
いとも簡単に「いみふめー」「習ってないからわからーん」と口にする前に、「本当に?気持ち一つでわかるんじゃない?」ということを教えてあげたい。
中学に入れば、嫌でも目先の点取りレースに巻き込まれていくのです。

気まぐれな子ども達。
レッスンが楽しかった日はいい。でも、興味のない内容で退屈な日があれば「やめちゃおっかな」になります。
親御さんが、私のやり方や目的を理解して下さるから、みんな長く続いています。
子ども達の波を、お母さん達がなだめて下さっている。
本当に、心から感謝しています。

でも…目先のことを満たす快感より、じっくり学ぶことの嬉しさや楽しさを教えるのって…難しいなあ。
頑張って、道を探していこうと思います。
-- 続きを読む --

category: 英語講師として思うこと

tb: --   cm: 0

△top

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。